クレディ・スイスの短期金利ストラテジストであるゾルタン・ポジャール氏が最新のアナリストレポートで最近の原油価格の下落に異を唱えている。彼によれば原油価格の下落は一時的なもので、実際には原油は世界的に不足しているという。
原油価格下落の理由
エネルギー価格の高騰が騒がれているが、原油価格は実際には今年の半ばから下落している。チャートを見てみよう。
価格下落の原因はまず第一にはアメリカの金融引き締めである。2020年と2021年の莫大な現金給付が真っ先に原油などのコモディティ市場を高騰させたように、金融引き締めは物価全体を冷やす前に真っ先に金融市場を冷やすことになる。
それで株価も下がり、原油価格も下がった。
だがポジャール氏は次のように言う。
原油市場は引き締まっている。原油の需要は油田から来る原油の供給を上回っている。
価格が下がっているのに需要が多いとはどういうことなのか? 需要が多ければ価格は上がっているはずではないのか?
ポジャール氏がこう言うのは、現在の原油価格下落にはもう1つの理由があるからである。それは先進国が原油備蓄を市場に放出したことである。
人工的で一時的な原油価格下落
ポジャール氏は次のように説明する。
アメリカの原油備蓄やOECDの在庫からの原油の放出、そして中国のロックダウンがなければ、今年の原油価格はもっと高くなっていたはずだ。
ロシアによるウクライナ侵攻後、アメリカやヨーロッパはロシアの輸出品を買わないと自分で決めた。その結果エネルギーなどが不足して苦境に陥った。
一方でロシアは単に原油を他の国に売った。その一部は転売されて欧米に入っている。
いずれにせよ日本を含む西側は苦境に陥ったため、これまでに貯めていた原油の備蓄を吐き出すことに決めた。
それは原油価格の下落に寄与した。だがそれはいくらでも原油が湧き出てくる打出の小槌ではない。ポジャール氏は次のように言う。
原油が足りなくなった時にはアメリカの原油備蓄に手を付けることができるが、アメリカの原油備蓄は有限だ。そして最近の備蓄開放は備蓄量を1980年代以来なかったような水準まで減らしてしまっている。
アメリカの原油備蓄は2020年まで6億バレル台で安定的に推移していたが、2021年には大台を割って5億バレル台に突入し、現在では3.9億バレルまで減っている。
結果として原油価格は下がったので、アメリカは原油備蓄をこれからどうするかということを考えている。ポジャール氏は次のように言う。
今や備蓄開放は終わり、OPEC+の減産、ロシア産の原油に対する価格(そして中国のデモによる経済再開のリスク)などを考えれば、アメリカにとっての問題は、原油備蓄をどうするかということになる。更に開放するのか? それとも貯め直すのか?
供給は減り、中国はデモを受けてゼロコロナ政策を緩和している。中国で経済が動き出せば当然原油が必要になる。
この状況で原油備蓄が放出から購入に移行すれば、それは量的緩和が量的引き締めに移行したのと同じような効果を原油市場にもたらすだろう。
だが一方で、再放出も難しいとポジャール氏は言う。彼は次のように述べている。
更に放出するにも限界がある。1日あたり300万バレルの放出なら4ヶ月しか保たない。
OPEC+の最近の減産合意は1日200万バレルであり、ロシアの原油がヨーロッパからアジアに回る分はある試算によれば1日50万バレルだが、それはロシア産原油の価格上限が適用されれば150万バレルに拡大するリスクがある。
そういう文脈で300万バレル程度の放出を考えてみるべきだ。
結論
需要と供給を考えれば、原油価格を人工的に押し下げることには限界があるようだ。
一方でポジャール氏はアナリストであり、トレーダーではないことには言及してかなければならない。彼の見通しは基本的に長期である。
短期的には、景気後退懸念が原油価格の頭を抑え続けると筆者は予想している。ドル安を予想したものの、原油など景気後退の影響を受けるコモディティではなくゴールドの買いを選んだのは、そういう意図がある。
その選択は今のところ成功している。だが景気後退へのコモディティ価格下落という金融市場の流れを除外すれば、ウクライナの攻撃がロシア本土に届き始めたような状況で原油価格が下がっていることがどれだけ続くのかということは考えておかなければならない。
レイ・ダリオ氏はウクライナは始まりに過ぎないと言っている。
金融政策にしても、来年世界的な景気後退に陥れば何処かのタイミングで中央銀行が緩和を余儀なくされる可能性は高い。
そうしたタイミングで原油などのコモディティがまだ売られていた時には、投資家にとって大きなチャンスとなるだろう。