世界的なインフレ抑制のため、アメリカのFed(連邦準備制度)は現在2つの金融引き締め政策を行なっている。1つは政策金利を上昇させる利上げであり、もう1つは量的緩和で拡大したバランスシートを逆に縮小させる量的引き締めである。
そしてもう忘れている人もいるかもしれないが、9月から量的引き締めの規模が2倍になる。
まだ試運転だった量的引き締め
元々、量的引き締め政策は5月のFOMC会合で発表された。
実行されたのは6月からだが、そこから8月まではバランスシート縮小の規模は月間300億ドルとされていた。そして9月からはこの規模が倍の600億ドルとなる。
2018年に世界同時株安を引き起こした量的引き締めの規模はまず50億ドルから始まり、その後300億ドルまで拡大されたから、今年8月までの規模でも2018年の最大規模で量的引き締めは行われていたわけだが、今月からはそれが遂に倍になる。
元々決まっていた話とはいえ、やや不安定になっている米国株にとって良いニュースではないだろう。S&P 500のチャートは次のように推移している。
量的引き締めと株式市場
そこで量的引き締めの効果について一度復習しておきたい。
まず、以前からの読者であれば2018年の世界同時株安については覚えているだろう。この時の量的引き締めは前議長のジャネット・イエレン氏によって前年の9月に発表された。
だがこの時相場はほとんど反応しなかった。しかし2018年に入って量的引き締めの規模が拡大されてゆくにつれ、米国株は2月頃に一度急落、その後持ち直したが年末にかけて再び下落することとなった。当時のS&P 500は次のように推移している。
その原因は利上げと量的引き締めである。だがパウエル議長は当時、株価がどれだけ落ちようともその事実を認めようとはしなかった。
一方で筆者は2018年後半の下落相場を空売りしていた。
理由は明快であり、量的緩和で株価が上昇したのが事実であれば、量的引き締めで株価が下落しないはずがないからである。
だがパウエル氏は(去年インフレの脅威を認めなかったのとまったく同じように)最後の最後までそれを認めなかった。彼は年末のFOMC会合で次のように述べている。
現在の短期的な混乱は多くのファクターが原因となっており、バランスシートの縮小が原因だとは思っていない。
バランスシートの縮小は大した問題を起こしていない。
何処かで聞いた台詞ではないか? 「インフレは一時的」の掛け声が聞こえてきそうである。
しかし結局パウエル氏は株安の原因は自分だと認めなければならなかった。2018年の世界同時株安はそれで収まった。しかし2022年の問題は、インフレが高止まりしているため、株価が暴落しても金融引き締めを止められないことである。
量的引き締めとインフレ
量的引き締めが2018年の株式市場にどういう影響を与えたのかについては説明した。
ではインフレに対してはどうなのか? 量的引き締めは元来、インフレを抑えるために中央銀行が行う政策である。量的引き締めはインフレを抑制できるのだろうか?
筆者の考えでは、残念ながら効果は薄い。何故ならば、例えば2018年の事例では縮小されたマネタリーベースはマネーサプライに影響を及ぼしていないからである。
まず、マネタリーベースとは主に銀行が中央銀行に保有する口座残高であり、量的引き締めとは中央銀行がこれを減らす政策である。つまり、銀行が持っている現金の量が減る。
一方でマネーサプライとは銀行を除く民間の人や企業が銀行などに保有する現金の総額であり、物価に直接の関係があるのはこちらの方である。
だから中央銀行がどれほどマネタリーベースを縮小しようとも、マネーサプライに影響を与えられなければインフレには影響しない。
では2018年にマネタリーベースが縮小された時にマネーサプライがどうなっているかと言えば、次のようになっている。
マネタリーベースは減らされているにもかかわらず、マネーサプライは上昇し続けている。つまり、量的引き締めはマネーサプライに影響を与えていない。
よってインフレ率にも直接の影響を与えることは出来ないというのが筆者の結論である。
そもそも量的緩和が物価上昇ではなく資産バブルを引き起こしただけだったのだから、量的引き締めのインフレ抑制効果が薄いのも考えてみれば当たり前の話である。
結論
株価には影響するがインフレ率には直接影響しない量的引き締めは、インフレ相場における株式保有者にとって最悪のニュースである。いくら株価を下げてもインフレ率は下がらないからである。
量的引き締めがインフレ率を抑制するとすれば、マネタリーベースの減少ではなく株価の下落そのものがデフレに繋がる場合だろう。以下の記事では株価下落は金融引き締めの副作用ではなく目的そのものだという考え方を紹介している。
その量的引き締めの規模が今月から2倍に拡大される。投資家は念頭に置いておいた方が良いだろう。