「株式の長期投資はほぼ儲かる」という幻想は金融庁の「基礎から学べる金融ガイド」から来た

さて、ここでは普段は比較的難しめの内容を扱っているが、ここのところ立て続けに投資初心者に向けた記事を書いた。

後者の方はいつもの読者向けでもあるだろうか。

これらの記事は普段ここの記事を読まない層にも広く読まれたようである。長い記事をいくつも書いたわけだが、しかしその内容を要約するとたった1文に収まる。「投資は必ずしも儲かるわけではない」ということである。それは長期投資でもまったく例外ではない。

それだけのことなのだが、それだけの事実を書いただけで多くの人が大騒ぎをしなければならないような状況が、現在の相場である。

いつもの読者にはそれを伝えておきたい。今の相場には大量の素人が流入しており、年始からの株価下落程度ではまだ全然振り落とされていない。そして彼らが振り落とされる暴落相場がこれから始まる。

バブル崩壊時において「どれだけの素人がまだ残っているか」という情報は、バブル崩壊の度合いについて教えてくれる重要な指標である。

幻想が吹き込まれた理由

もう一度これまでの記事の結論について纏めておこう。株式投資は、長期でいつでも利益が出るのではなく、金融緩和を行える期間に限れば長期的に利益が出る。一方で、物価高騰などの理由で金融引き締めを行わなければならない期間においては、何十年も酷いパフォーマンスしか出ない結果になる。

だから1981年にアメリカで金利低下が始まってから40年は米国株は上がり続けた一方で、米国株の歴史には1966年から1981年の物価高騰期や、1929年から1954年のような世界恐慌に始まる株価停滞の時代も存在する。以下の記事に纏めてある。

そしてコロナ後のインフレから始まるのは、株価が上がらない方の数十年である。

だが「株式投資は得をすることもあれば損をすることもある」という当たり前の事実を言われただけで何故多くの人が大騒ぎになるのか。この「異常事態」(これが異常だと分からないからバブルなのである)は何処から来たのか。中国では、少し前まで「不動産は長期的には永遠に上がり続ける」と言われていた。

他人の幻想が崩壊するところを見て少し頭を冷やしてもらいたいものである。

幻想は何処から来たのか

冷静に考えればまったく正しくない幻想を彼らが信じるようになった理由は、彼らにそれをそそのかした人々が意図的にそれを教えなかったからである。

つみたてNISAなどを広めたのは金融庁と銀行・証券会社であり、その思想は金融庁の「基礎から学べる金融ガイド」(2021)に要約されている。

このガイドは高校生などを含む投資初心者に投資とは何かを教えるためのものなのだが、このガイドによると、金融庁にとって株式投資とは次のようなものである。

この画像は前にも掲載したが、「株価とはこういうものですよ」ということを説明するための箇所に、何の根拠もない右肩上がりの株価チャートが掲載されている。

「これだけのこと」と思うかもしれないが、株式について何も知らない人がこのチャートを見て株価とはどういうものだと思うかを真剣に考えてほしい。何の根拠もない長期右肩上がりチャートを載せないという誠実な選択肢もあったはずである。しかもこのガイドでは長期投資が高らかに推奨されているのである。

「長期投資はほぼ儲かる」幻想は明らかに金融庁から来ており、それは意図的に素人に埋め込まれた。以下のチャートは同じく金融庁のガイドから、国内投資と世界分散投資を比較したものである。

だがここまでの記事を読んだ読者であれば、何故こういう結果になったか理解できるだろう。

原則は「金融緩和が可能である限り株式は(債券もだが)長期的に上がり続ける」である。

まず米国株は1981年から2021年まで40年の金利低下トレンドにあった。他の国の株式も米国株にある程度連動する。

一方で国内の投資結果が2013年まで芳しくないのは、アベノミクス開始まで金融緩和が行われていなかったからである。

つまり、このチャートにおける投資パフォーマンスは金融緩和の有無に依存したものであって、長期投資の成果を表すものではまったくない。その証拠に、1966年や1929年から始まる長期停滞相場において何十年も株式市場が酷いパフォーマンスだったということは、以下の記事で説明した。

そして2022年以降の相場がどうなるかと言えば、金融緩和のない期間なのである。

分散投資は善か

もう1つおまけに金融庁のガイドが間違っている部分を指摘しておこう。分散投資を推奨した部分である。

ここには「いろいろなカゴに分けておけば、一度に全部の卵を失うことはありません」と書かれているが、これも完全に間違っている。

そもそも世界中ほとんどの株式はある程度米国株に連動している。米国株が下がれば他の国の株も下がる。

更に、投資の素人によく奨められるのが株式と債券の同時保有だが、これもまったく分散にはならない。金融緩和は株式と債券の両方を押し上げ、金融引き締めは両方にとってマイナスになるからである。

インフレと金融引き締めの時代には、株式も債券も同時に下がるということが実際に起こっている。こうした連動性は金融の実務家には初歩的な常識である。また、スタンレー・ドラッケンミラー氏が分散投資の危険性について以下の記事で語っているので、そちらも参考にしてもらいたい。

幻想が生まれた理由

何故金融庁は初歩的な常識を知らないのか? 何故金融庁は、アメリカが金融緩和を続けられた期間だけを持ち出して、アメリカでの40年来の緩和バブルが終了する完璧なタイミングで日本の素人に海外投資を勧めたのか?

1つには銀行と証券会社の利益のためである。つみたてNISAでは何故投資信託が推奨されているのか? ETFはプロでも買うが、投資信託を買うプロはいない。内容が同じなのに手数料が高いからである。

何故ならば、そもそもつみたてNISA自体が、投資について何も知らない(そして賢明にもそれゆえに投資に手を出していなかった)素人を銀行や証券会社の手数料ビジネスの養分にし、なおかつ株価の底上げに使って政権の支持率を上げるという、彼らにとっては一石二鳥の目的によって作られたからである。

そうでなければ、投資信託(そもそもETFがあればこの資産クラスは必要ではない)をゴリ推ししたり、NISA口座で損失が出た場合に税金分がそのまま損になるなどの致命的な欠陥をそのままにしたりはしないはずである。

どう考えてもこの制度は国民のために作られてはいないのだが、多くの人々はそこに気づかない。何も考えない人々だけがインデックス投資にハマるからである。

だがこの制度は意外と悪意だけではないかもしれない。例えば、何故金融庁は1966年や1929年以降の事例を挙げて、長期投資のリスクをきっちり人々に示さなかったのか?

それは単純に金融庁の人々が1970年代のインフレ相場に株価がどうなったかなど知らないからである。何度も言っているが、金融庁は投資の素人である。

彼らの多くが新卒から金融庁に入っているので、金融庁の人々のほとんどは資産運用を仕事として行なったことが一切ないはずだ。彼らは資産運用について何も知らないし、当然ながら過去の株式市場の研究などしたことがない。つまり、素人にリスクを警告するかしないか以前にその能力がないのである。

結論

良かったではないか。世の中悪意ばかりではない。誰かが問題を起こしたとき、その原因が悪意か無能力のどちらが原因かと言えば、結構無能力の方であることが多いものである。

許してあげようではないか。幸いにも、こういうスキームに引っかかったのは自分で考えることを放棄した人だけで、自分の頭で考えることの出来る人は引っかかっていないはずだ。そして恐らく、金融庁の人々自身も引っかかっているはずである。彼らもまた何も考えない人々の一部である。

皮肉にも、金融庁のホームページには以下のように書かれている。

悪質な投資・預金の勧誘等にご注意ください!

一方で、本当の投資のプロは金融庁とはまったく違ったことを言っているということだけは書いておきたい。参考にすべきはこういう意見である。

そろそろ普段の読者向けの記事に戻るべきだろう。筆者は金融庁とはまったく別の投資方法を行なったので今年は大いに儲かっている。これからどうなるかである。