アメリカの元財務長官でマクロ経済学者のラリー・サマーズ氏がBloombergのインタビューでアメリカの来年の利上げについて語っている。
パウエル議長への注文
Fed(連邦準備制度)のパウエル議長は長らくインフレを一時的だと言い張っていたが、先日の議会証言でそれを撤回するとようやく宣言した。
筆者を含め多くの金融家はパウエル氏の主張には根拠がないと指摘していたが、経済学の世界からパウエル氏を批判していた急先鋒がサマーズ氏である。ようやく起こったパウエル氏の心変わりにサマーズ氏は次のようにコメントしている。
パウエル氏が議会証言でインフレの議論から「一時的」という言葉を引退させると主張したのは良いことだと思う。そもそもそんな主張が必要なければ一番良かったが、インフレの現実を考えると議長の発言を喜ばしく思う。
去年現金給付を目の当たりにした時からインフレを警告していた多くの人々が同じように思っているだろう。
さて、問題は中央銀行の次の動きである。間違いを1つ認めたパウエル氏に対して、サマーズ氏は次の注文を付けている。
パウエル氏が次に認識する必要があるのは、様々な意味で金融政策のもっとも単純な指標である、市場で織り込まれている今後1年の金利から市場の期待インフレ率を引いた実質金利が史上最低水準だということだ。この数字はいまや-3%を大きく下回り、-4%に近づいている。
経済に対する影響を見る上でもっとも大事なのは実質金利である。
例えばトルコの政策金利は15%だが、金利が高いから金融政策が引き締め的なのかと言えば、インフレ率20%よりも大幅に低いため全然引き締め的ではない。金利はインフレ率との関係で見なければならないのである。
この意味では、インフレ率が先進国としてはかなり高くなっているにもかかわらず低金利が保たれているアメリカの金融政策は、トルコとそれほど変わらない水準で緩和的だということになる。
サマーズ氏は次のように続ける。
この状況では緩和的な金融政策はふさわしくない。だから量的緩和やモーゲージ債の買い入れを続ける理由はまったく無いこと、量的緩和をすぐに止めるべきではない理由はないこと、インフレが目標より十分高いときに始めるべきことを始める必要があるということを、パウエル氏は表明すべきだろう。
アメリカはようやくテーパリング(量的緩和縮小)を開始したが、逆に言えば物価が高騰する中でいまだに量的緩和を終了していないということである。
何故緩和を止められないのか? リーマンショック以来緩和の薬漬けになってしまった市場経済は、緩和がなければ空中分解するからである。
しかし緩和を続けても結局株価も経済も空中分解するだろう。その結果が株価暴落か、物価高騰かというだけの違いであって、量的緩和と現金給付で作り上げた砂上の楼閣はせいぜい10年か15年しか保たないのである。
債券投資家のスコット・マイナード氏はこの状況について次のように述べていた。
ここでは何かが起こっている。わたしが自分のキャリアで見たこともなく、歴史上に例も見つからないような何かだ。実質金利がこれほど低いにもかかわらず、それでせいぜい経済成長を何とか維持することしか出来ない。
明らかにサマーズ氏と同じものを見ている。
それでも利上げが必要になる
来年の金融政策はどうなるだろうか。サマーズ氏は次のように述べている。
わたしが議長なら、インフレが今後どう推移するかにもよるが、来年に4回の利上げを示唆するだろう。
インフレが一時的でないことをようやく認めたパウエル氏は、次にインフレ圧力がかなり強力であることを認めなければならなくなるだろうということである。
しかし市場や実体経済は4回の利上げに耐えられるだろうか? サマーズ氏は次のように続ける。
それは衝撃になるだろうが、金融政策が作用するまでのタイムラグを考えると、信任を取り戻すためには衝撃が必要なのだ。
結論
先進国の人々は今、金融緩和を繰り返して通貨下落が止まらなくなったトルコのエルドアン大統領を笑っているが、はっきり言うが遠くない将来多くの先進国も同じことになるだろう。アメリカもヨーロッパも日本も同じことをしているのである。
利上げについては筆者は金利だけ考えれば株式市場は5回以上の利上げには耐えられないと以前説明した。
一方で、中国の不動産バブル崩壊など他の要因によってそれが早められる可能性があるとした。総合すると利上げ3〜5回で株価崩壊となり、サマーズ氏も含め皆大体同じくらいの利上げ回数を考えていることになる。
著名投資家は既に株式市場から撤退を始めているようだ。あと1年にも満たない株式市場の上昇の可能性を追うよりは、他の市場で儲ける方が良いだろう。