注目の統計の結果が出た。8月11日、最新7月分のアメリカのCPI(消費者物価指数)が発表され、前月比年率(以下同じ)で5.8%の物価上昇となり、前回6月の11.4%から急減速した。予想通りの展開である。
インフレ急減速
この数字は投資家にとって非常に重要である。ともかく先ずはチャートを見てみよう。
チャートを見ての通り5%近辺は2017年や2019年にもあった水準であり、特別インフレ的とは言えない。この水準まで下がってきたこと自体が大きな意味を持つが、投資家にとってはこの急減速が更に下方向を深堀りするのかどうかが更に重要だろう。
そのためにはCPIの内訳を見てゆく必要がある。これまでインフレ率を短期的に持ち上げていたのは何だっただろうか? 半導体不足による自動車価格の高騰と現金給付である。
ではまずこれまで急上昇してインフレ率を押し上げていた中古車のインフレ率を見てみると、2.7%のインフレとなっており、231.0%という急激な価格上昇からほとんど横ばいのインフレ率へと変化している。
全体が急減速するわけである。
ここで考えなければならないのは、このチャートは成長率なので、中古車の価格上昇が止まっただけであり、下落したわけではないということである。つまり中古車の価格はまだ高止まりしている。
中古車の値段はいまだ半導体不足が問題になる前の水準から40%も高い水準にある。半導体不足が解消されてもこの水準を維持すると考えるのは不合理だろう。次第に元に戻るはずである。つまり、中古車価格はいずれ下落する。それはCPI全体を更に押し下げる。つまり、物価減速は今回だけで終わるものではないと予想できるのである。
他の要素も見てゆこう。今度は逆に短期的でない要因、住宅価格の高騰に関連する要素を見てゆこう。アメリカでは住宅価格の高騰が起こっている。
CPIの中で関連するのは持ち家のみなし家賃(持ち家に仮に家賃を払っていたと仮定して算出するCPIの要素)である。持ち家のみなし家賃は3.5%と前回の4.0%からやや減速したが、まだ加速トレンド自体は維持している。
住宅バブルは始まるとなかなか止まらない。次回のデータにもよるが、現在の段階では住宅価格高騰は止まっていないと判断するべきだろうと思う。しかもジェフリー・ガンドラック氏やラリー・サマーズ氏らが指摘する通り、住宅価格は実際には3%どころか2桁のレベルで上昇しており、まだCPIに正しく織り込まれていないのである。詳しくは以下の記事を参照してほしい。
金融市場の反応
さて、この急減速に市場はどう反応しただろうか。まず金価格については前回の記事で詳しく説明した。
利上げとテーパリング(量的緩和縮小)懸念で金価格は急落していたが、それは短期的に押し上げられていたインフレ率が前提である。そこで上記の記事では以下のように書いている。
短期的には今後数ヶ月はインフレ統計に減速が見られる可能性が高い期間である。
今後数ヶ月インフレ統計が軟化すると予想するならば、結構激しい下落となっている現在の金相場はつかの間の休息を見出すかもしれない。
それでCPI発表後の金相場はどうなったか?
下落トレンドからやや反発した。上の記事で分析した通りの妥当な動きだろう。インフレが減速することで金融引き締めが遠くなることが予想されるからである。
また、インフレの減速は経済成長の減速も示唆する。要するに政府の刺激策がなければ過熱経済は維持できないということに市場が気付き始めると以下の記事に書いた。
つまり、追加緩和がなければ経済は沈むということがもうすぐ統計から明らかになるということである。
市場は明らかに、短期の好景気要因がこれから剥がれてゆくということを忘れすぎである。
その第一段階が今回のCPIということである。発表後にドル円は下落方向で反応した。発表前には110.80円近辺まで上がっていたが、そこから失速している。市場は強いインフレを期待していたのだろう。
上記の記事にも書いたように、これからは「緩和がなければ強くならないアメリカ経済」というシナリオに変わってゆく。そのシナリオにおいてはドルは上がりづらいのである。
さて、最後に長期金利だが、こちらは微妙な動きとなっている。インフレの減速は金利低下をもたらすはずだが、発表後の反応は多少の金利上昇だった。
恐らく債券市場はインフレの減速を予めある程度織り込んでいたのだろう。それがここ数ヶ月の金利低下だったのである。
結論
この7月のCPIは少なくとも数ヶ月のデフレ相場の始まりである。次回のFOMC会合は9月21日から22日であり、今回と次回のCPI統計の後に行われることになる。
1回1回のインフレ統計を予測することに意味はないが、次回も今回と同じようにデフレ的になる場合、次のFOMC会合ではFed(連邦準備制度)の金融引き締めの姿勢が和らぐことになるだろう。
長期金利はそこまでの動きをある程度既に織り込んでいると言えるだろう。しかし債券投資家のスコット・マイナード氏は長期金利が1%以下まで落ち込むことを予想している。
金相場とドル円については、いずれにしても以下の2つの記事の分析が完全に有効である。
問題は長期的なインフレだが、ここから数ヶ月のデフレを債券市場以外の市場は織り込んでいるとは言えないため、長期的なインフレについてはその動きを見てからもう一度記事を書くこととしよう。