前回の記事ではBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏のインタビューについてお伝えしたが、このインタビューにはもう1人優れた頭脳が参加している。経済学者のラリー・サマーズ氏である。
過熱するアメリカ経済
世界最大の運用資金を抱えるダリオ氏がヘッジファンド業界のトップなら、サマーズ氏は経済学者のトップであると言えるだろう。
この2人はコロナ相場における緩和バブルが何らかの危険な帰結をもたらすということでは同意している。サマーズ氏はアメリカ経済の状況を次のように表現している。
今、経済は時速100マイル(時速150キロ程度)で走っている。道は今は空いているが、常に空いているとは限らない。
事故がどのような形になるかは分からないが、時速100マイルで走ることは必ずしも目的地に辿り着く最速の方法とは限らない。そういう走り方では何らかの問題が生じるからだ。
サマーズ氏は事故がどういう形になるかは分からないと言う。
一方でダリオ氏の主張は幾分明快のように思える。ダリオ氏は前回の記事で、中央銀行が金利上昇を抑えるために緩和を拡大せざるを得ず、ドルが下落するというシナリオを明確にしている。
ダリオ氏はドルの代わりに金利の高い人民元建ての資産に資金が集まると主張している。
ドルは下落するのか?
サマーズ氏の方は明確な予想をすることに慎重である。
問題が生産性や労働市場に起こるのか、金利高騰として起こるのか、ドルの価値が下落することで起こるのか、予想しようとは思わない。しかし経済は問題のあるコースを走っており、あらゆることが起こり得る。
金融市場を正確に予想することは誰にも出来ない。だが過剰な資金が市場に注ぎ込まれており、それを前提としたリスクテイクが過熱していることは確かなように見える。
特に興味深いのは、サマーズ氏が必ずしもドルが下落するとは思っていない部分である。彼はこう補足している。
1980年代には巨額の財政赤字が経済成長を促し、資本市場に流れ込んで強いドルに繋がった。
だから短期的な動きについては分からないが、わたしはレイほどは中国や諸外国の資本市場が長期的にドルよりも魅力的になるかどうかについては確信できない。
1980年代は1970年代に始まる物価高騰と引き締めのサイクルの後に大幅な利下げと財政出動が行われた時代である。
この期間にドルはどうなったか? 以下はドルマルク(ドイツの通貨ドイツマルク)のチャートにアメリカの政策金利を並べたものである。ドルマルクは上方向がドル高マルク安となる。
財政出動と利下げはともに1981年頃から行われているのだが、この期間においてドルは大幅に上昇している。1985年からは下落に転じているのだが、緩和とドル安の時期は一致しておらず、ドル安に向かったのは緩和開始から4年が経過した後である。
サマーズ氏は次のように続ける。
ドルの下落リスクは確かに高い。人々の言うことの中で一番奇妙なのは、今はグローバル化の時代で、インフレトレンドは急激には動かない、グローバル化のお陰で急激なインフレにはならないというものだ。
わたしは正反対だと思う。グローバル化のお陰でアメリカは以前よりいわば小国のようになっており、ドルはより困難に陥りやすく、ドル安の影響は数十年前よりも急激にインフレ上昇に反映されるだろう。
だからレイの言うような懸念も分かる。だがタイミングについては不確実性が存在するだろう。
市場で何らかの方向に賭けなければならないダリオ氏と、学者として様々なリスクを考えなければならないサマーズ氏の違いだと言うことも出来るだろう。
しかしサマーズ氏の指摘する1980年代において、緩和にもかかわらずドルは何故下落しなかったのだろうか? この辺りの事情については別に記事を書いて説明する必要があるだろう。
袋小路に陥るアメリカ経済
経済回復を祝うかのような中央銀行に対して、サマーズ氏の見通しは暗い。彼は次のように述べる。
金融政策が本当に難しいのは、リーマンショックの後や去年の春のように大幅な資金不足があり市場が暴落していて、資金を供給すべきだという風に金融政策の行われるべき方向性が完全に明らかな状況ではない。
金融政策における本当に難しいジレンマは、どちらに行くべきか明確ではない時だ。国債が大量に発行されており通貨が下落している一方で、経済は弱体化していて貧富の差が拡大し、景気後退の懸念がある時には、利下げをして後者に対応すべきなのか、引き締めをして前者に対応すべきなのか分からない。
そのように方向性が明確にならない時こそが金融政策にとって難しい時なのだ。そして今経済はそういう状況に向かっているのではないかということを恐れている。
利上げをしても利下げをしても問題が生じる。利上げをすればドルは救えるが経済は暗転し、利下げをすれば経済は救えるかもしれないがドルは暴落してゆく。
ダリオ氏の言い分もサマーズ氏の言い分も両方理にかなっているだろう。しかも興味深いのは、短期的な値動きについてサマーズ氏に分がありそうな点である。ダリオ氏は過去の基軸通貨の運命にドルも従うと主張しているが、それはもっと長期のトレンドだろう。
サマーズ氏の主張は本当に興味深く、時にはヘッジファンドよりもヘッジファンド的である。
アメリカ経済がどちらに行っても袋小路という懸念は債券投資家のジェフリー・ガンドラック氏も詳しく説明しているので、そちらも参考にしてもらいたい。
1980年代のドル下落のタイミングについてはまた別に記事を書くことになるだろう。