コロナ禍による景気後退で先進国のほとんどは野放図に量的緩和と現金給付を行なっている。アメリカでは既に物価高騰の初期症状が出ているが、気に留めている政治家は見られない。一方でインフレの危険性に気付いてインフレ主義から逃げ出そうとしている国がある。イギリスである。
米国がインフレが2%を超えて推移しても直ちに金融引き締めはしないと主張していることは以下の記事で報じておいた。
そしてアメリカでのインフレ懸念による金利高騰につられて金利が上がっているユーロ圏では、金利高騰を抑えようとECB(ヨーロッパ中央銀行)のパネッタ専務理事は債券買い入れの増額をほのめかしている。
パンデミック緊急買い入れプログラムの買い入れ枠すべて、あるいは必要ならばそれ以上の買い入れを行うことを躊躇するべきではない。
そんな中でひとり違う方向を見ている中央銀行がある。イングランド銀行である。
わが道を行くイギリス
日米欧がインフレを考慮せず緩和を続けるなか、イングランド銀行の主席エコノミストであるアンディ・ハルデーン氏は先月末の公演でインフレへの懸念を表明した。氏は公演のなかで次のように述べている。
フリードリヒ・フォン・ハイエクはかつてインフレ制御は虎の尾を掴もうとすることに似ていると言った。
ハルデーン氏が持ち出すのはここの読者にお馴染みの経済学者ハイエク氏である。財政出動を正当化したケインズ氏と論陣を張り合ったハイエク氏は、政府が財政出動にともなう利権を増やすために科学的根拠のないインフレ主義を隠れ蓑にしていると主張していた。
世界最大のヘッジファンド運用者レイ・ダリオ氏の最近の主張もどうもハイエク氏の経済学を基盤にしているような論調であり、優れた論客は自然とハイエク経済学に集まるようである。
20世紀最大の経済学者(ケインズ氏ではない)に敬意を払うハルデーン氏は、コロナ禍による景気刺激によってインフレの虎が覚醒しつつあると主張する。
過去12ヶ月における未曾有の出来事と政策による対応で、虎はいまや興奮状態にある。
特に世界的にコロナの新規感染者数が減り、しかもアメリカでも日本でも更なる財政出動が予定されている今、インフレ率はどうなってゆくだろうか。ハルデーン氏は次のように続ける。
これから需要が回復し、供給に制約があるとすれば、予想よりも鋭くかつ持続的な物価の上昇がイギリスに起こり、インフレ目標をオーバーシュートする可能性があると判断している。
世界の金融市場はこの可能性を織り込み始めている。期待インフレ率は米国で上昇しており、ユーロ圏でも米国ほどではないが上昇している。
ハルデーン氏は中央銀行家というよりはヘッジファンドマネージャーのように経済を見る人物である。これまでの記事を既読の読者もそう思ったのではないか。彼は金融市場の動きを理解している。
イングランド銀行の先見性
Fed(連邦準備制度)や日銀が無視しているリスクをイングランド銀行は見つめている。個人的に面白く思うのはこのインフレゲームはイギリスが始めたものだという事実である。
中央銀行によるマネーゲームはイギリスによって発明された。イングランド銀行は世界初の中央銀行だからである。イングランド銀行が財政ファイナンスのために設立されたことは以下の記事で説明した通りである。
その後、中央銀行というシステムは政治家にとって便利だということが判明したため各国も追随した。
そして今、イギリスが始めたマネーゲームからイギリスだけが逃げ出そうとしている。非常にイギリスらしいことである。グローバリズムもいわば大英帝国によって広められたものではなかったか。そこから最初に逃げ出したのもイギリスであった。
イギリス人は危険を察知する嗅覚に長けている。中国主導のアジアインフラ投資銀行も欧州勢が参加を躊躇している中でまっさきに手を挙げ、欧州勢の出資を促して中国に恩を売ったかと思うと実際の資金はドイツに任せて自分の金はほとんど出さなかった。世界大戦でも元々中核に居たはずなのだがいつの間にか戦争は日本とドイツのせいだということになっていた。
そのイギリスがインフレ政策から手を引こうとしている。優れたファンドマネージャー並みのエコノミストを有していたことがイングランド銀行にとっての幸運だろう。そして筆者が懸念しているのが、最後まで沈みゆく船に乗り続けるのがまたもや日本になるのではないかということである。
第2次世界大戦でも西欧諸国が始めた植民地政策の後始末を何故か担当することになったのが引き際を理解しなかった日本とドイツである。世界大戦は日本とドイツの責任ということになっている。始めたのはスペイン、ポルトガル、イギリス、フランスである。
中央銀行というイギリスが始めたマネーゲームに最後まで乗っているのも恐らく日本になるだろう。中央銀行などそもそも必要ないのである。日本人がそれに気付く日はいつ来るだろうか。多分来ないだろう。