アメリカの中央銀行Fed(連邦準備制度)の議長であるジェローム・パウエル氏が議会証言で金融政策の見通しについて語っている。
新型コロナウィルスの世界的流行で中央銀行は直ちに金融緩和を行い、政府は莫大な現金給付を行なった。株式市場は上がったが、アメリカでは上がって困るインフレ率まで上がっている。
こうした状況を受けて中央銀行がどう対応するのかが投資家に注目されている。インフレを懸念して緩和の解除を考えるのだろうか? インフレが起こっても緩和を止めないのだろうか?
どちらも嬉しくない二者択一
実際にはそれらは両方とも地獄への入り口である。緩和を止めれば緩和で支えられてきた株式市場は間違いなく暴落する。2018年に一度試したのでパウエル議長もよく知っている。
しかし緩和を止めなければ物価は上がり続けるだろう。これまではどれだけ緩和をしてもインフレにはならなかったが、コロナによる未曾有の景気後退を現金給付で無理矢理支えたために臨界点を超えたのである。
グローバルマクロの投資家は皆それを知っていて投資で儲けるチャンスだと考えている。インフレになれば金属や穀物などのコモディティが高騰するからである。このトレンドについては投資の参考になるだろうと考え去年のうちに報じておいた。
しかし中央銀行家にとっては(彼らが引き起こした事態ではあるのだが)この状況は袋小路である。パウエル議長はこの二者択一をどう乗り越えるのか? もう緩和をやってしまった以上乗り越える方法はないのだが、彼の選択は次のようなものである。2月23日の議会証言で述べている。
労働市場が強くなったからといって直ちに金融政策を引き締めることはしない。物価安定目標に則り、インフレが平均して2%となること目指す。これはつまり、これまで長らくインフレが2%を下回っていることを踏まえると、今後のインフレが2%を緩やかに上回って推移するような金融政策が適切になるだろう。
パウエル氏は物価高騰を選択したようである。これはBridgewaterのレイ・ダリオ氏が早くも去年に予測した通りである。彼は現金給付などの財政政策で膨らんだ莫大な政府債務の行く末として緊縮財政による返済とインフレによる物価高騰などを挙げた上で、政治的に一番ありうるのは物価高騰だろうと指摘していた。
紙幣印刷はもっとも便利で、もっとも誤解されやすく、もっとも行われやすい債務縮小の方法である。
実際、紙幣印刷は債務の急な縮小を和らげ、この金融上の富を供給する代償として誰が富を取り上げられる被害者になるのかが分かりにくい(しかしそれは実際には通貨と債券の保有者全員である)。しかも大抵の場合資産価格が減価された通貨建てで上昇するので人々はリッチになったような気がする。
リッチになったような気がしている人々が市場に沢山いるのではないか。
インフレ政策の根拠
さて、パウエル議長が政治的に一番容易な選択をする上で口実に持ち出したのが2%のインフレ目標である。しかも今回パウエル議長はインフレが2%となることだけではなく、2%を超えて推移することを明示的に許容している。
これこそが経済学者ハイエク氏が言うところの根拠不明のインフレターゲット論である。
皆念仏を唱えるように2%と言うが、2%のインフレが良いとする根拠はインフレ推進派の経済学者でさえ誰も示していない。何故2%なのか? 誰も答えられないはずである。それには誰も答えられないが政治には採用される。何が正しいかは政治とは無関係だからである。
根拠もなくインフレが善とされている本当の理由についてはBridgewaterのレイ・ダリオ氏が答えてくれるだろう。
しかし投資家にとって重要なのは、これまでならばインフレが2%を超えて推移すればFedが金融引き締めで冷水を掛けていたのが、2%を超えてもある程度許容するとパウエル議長がはっきり言っていることである。
それまではゼロ金利と量的緩和が続けられることになる。量的緩和についてはパウエル氏は次のように述べている。
中央銀行による資産買い入れとそれに付随するバランスシートの拡大は金融環境を十分に緩和し経済の大きな支えとなっている。経済はわれわれが目標とする水準までまだまだ遠く、金融政策の変更が必要となるまで時間がかかるだろう。
これは投資家にとって「コモディティ相場の高騰が終わるまでには時間がかかるだろう」という意味と同義である。コモディティ市場は長期上昇トレンドの初期に位置しており、優れたグローバルマクロの投資家であるドラッケンミラー氏らはそれを知っている。
この2人は両方ともソロス氏のクォンタム・ファンド出身であり、相場観が一致するのは偶然ではない。
緩和はいつ終わるか
ではその相場はいつ終わるのだろうか。パウエル議長がこのような悠長なことを言っていられなくなるのはインフレが2%を超えてしかも止まらなくなった時である。そうなる未来は上記の投資家たちには当然の結果として見えているのだが、パウエル議長は2メートル先しか見えないので緩和は続く。
パウエル議長が現実を直視しなければならなくなる時にはこの問題は今よりもずっと難しい問題としてパウエル議長にのしかかっているだろう。緩和が続けば続くほどそれを止めたときの市場の癇癪は大きくなる。しかし止めなければドルが完全に崩壊するだろう。
問題は先送りにすればするほど大きくなる。このことについてロイターで面白い表現を目にした。2歳児の癇癪のほうが14歳児の癇癪よりもまだしのぎやすいはずだと。
しかしパウエル議長は現実を直視したくない。市場をあやす方が短期的に楽なのであやしておくのである。最近の子育てにも似ているのではないか。
投資家はパウエル議長の現実逃避を横目に仕事をするだけである。