相変わらず話題に事欠かないトランプ政権だが、その中でも一つ言及しておく価値のある出来事があった。トランプ大統領が遂に身内である共和党ではなく、野党である民主党との協力という手札を切り始めた。これは米国政治界のみならず、投資家にとっても注目すべき出来事である。
民主党と債務上限の引き上げで合意
アメリカの上院は9月7日、政府の債務上限を3ヶ月引き上げる法案を可決した。問題はこの案を発案したのがトランプ大統領の所属する与党共和党ではなく、政敵である野党民主党だということである。
米国政府には債務上限というものが存在する。他の先進国と同じく債務が年々増えている米国では、この債務上限はもう何年もの間限界値に達しているが、米国政府はこの債務上限を一定期間先送りにすることを繰り返すことでこの問題を乗り切ってきたのである。議会が合意できない場合には、予算不足で政府機関が一時的にシャットダウンされるという事態も過去には生じている。
ただし、議会を共和党が支配している現状では、そうした問題は生じないはずだった。今回も、大統領執務室で行われた両党指導者の会合では、与党である共和党の言い分が概ね通る形で債務上限の先送りが決まるはずだった。しかし、そうはならなかったのである。
執務室に集まった共和党のマコネル上院院内総務とライアン下院議長、そして民主党のシューマー上院議員とペロシ下院議員は、債務上限に関する協議をしていた。
税制改革の年内可決を目指す与党共和党は、これまで何度も交渉材料として使われてきたこの債務上限という問題が税制改革の採決の時期に再発しないように、最低でも半年以上、可能であれば2018年の中間選挙まで民主党が介入できないように、一年以上の債務上限問題棚上げを目指していた。
一方で、野党民主党は債務上限問題を交渉材料に再び共和党から譲歩を得るため、引き上げは3ヶ月の間だけだとして抵抗していた。そこにトランプ大統領が民主党の案を取るという結論を下したのである。
トランプ大統領の意図は
ロイターなどが報じるところによると、トランプ大統領は債務上限の期限付き引き上げだけではなく、債務上限を永久に撤廃することについて民主党と連携する同意をしているそうである。トランプ大統領は「これまで長年にわたり、債務上限の撤廃についての議論があったが、それには正当な理由がある」と述べている。
債務上限は今や基本的に野党が与党から譲歩を得る手段となっているが、その理念自体は税と公共事業の両方を縮小して「小さな政府」を目指す共和党の保守派が支持しているものであり、公共事業を拡大して「大きな政府」を目指す民主党としては恒久的に撤廃してしまいたい制限ということになる。
実はこの「共和党の保守派」は、政権発足以来トランプ大統領と対立してきたフリーダム・コーカスというグループと層が被っている。現在の議会は共和党が過半数を占めているが、共和党内では少数派のフリーダム・コーカスの協力がなければ過半数を割ってしまうことを逆手に取って、緊縮財政的な政策を実行するようトランプ大統領に迫ってきた経緯がある。
しかし、トランプ大統領にとってこの状況は、選挙公約の一部を実現できなくなることを意味する。緊縮財政を旨とするフリーダム・コーカスが、予算を増大させるメキシコ国境の壁建設や、大規模なインフラ投資というトランプ政権の目玉政策を許すとは考えがたいからである。
したがってトランプ大統領は元々選択を迫られていた。フリーダム・コーカスの要求を呑みながらやってゆくのか、あるいは政敵である民主党の一部を抱き込んで票を獲得し、フリーダム・コーカスの票を捨てるかである。
今回のニュースは、トランプ大統領がこの決断を行なったことを意味する可能性が高い。そして筆者は、この決断によりトランプ政権のインフラ投資が実現し、米国の財政赤字が拡大する可能性が高まったと判断する。インフラ投資は元々、小さな政府を目指す共和党的な政策ではなく、民主党的な政策だからである。
金融市場への影響
そうなれば、ドル相場への影響は明白である。インフラ投資は経済成長率を押し上げ、金利を上昇させる。財政赤字の拡大も国債の追加発行という形で債券価格を押し下げ、金利上昇に繋がる。
ドル相場は最近低迷しているが、しかし中々下値を割っていない。ドル円のチャートは以下のようになっている。
この値動きは以下の記事で想定した通りだが、筆者のポジションはプットオプションの売りなので、ドル円が111の頃に始めたこのポジションは、下落分と時間経過による保険料収入がほぼ相殺し合う形(詳細は以下の記事を確認)になっており、利益は出ていない。
一方で、この記事で言及したロシア国債の買いは、7-9%という高金利とルーブルの短期的上昇によって利益を出している。以下はドルルーブルのチャートである。
下方向がドル安ルーブル高となる。
投資で最も重要なのは、相場の方向を当てることではなく、相場がどちらの方向に動いても利益が出るようにポートフォリオを組むことである。だから、ドル安になればルーブル高によってロシア国債が、ドル高になればドル円のプットの売りが利益を出すように仕組んである今の状況は、ポートフォリオとして望ましいと言える。
今回のニュースはドル相場にプラスの要因となるだろうが、一方で突如発表された、Fed(連邦準備制度)のフィッシャー副議長が「個人的な理由」で辞任するとしたニュースは、以下の記事で筆者が発表した見通しを打ち消し、ドル安方向に働く要因になる可能性が高いと個人的には見ている。この点についても近々記事を書くつもりである。