8月18日、トランプ政権を大統領選挙の頃から支えてきたスティーブ・バノン首席戦略官が辞任した。多くのメディアはトランプ大統領による事実上の更迭と伝えている。
トランプ政権入りする前までは保守系ウェブメディアのBreitbartの編集長を務めていたバノン氏は、反グローバリズムやアメリカ第一主義などのトランプ大統領の選挙公約を牽引してきた立役者であり、論敵である大手メディアからは「極右」「影の大統領」などと呼ばれてきた人物である。
トランプ大統領との蜜月と軋轢
大統領選挙で支持者を集めたトランプ氏の公約の多くは実質的にはバノン氏のものだと言われている。しかし政権発足後は大統領の娘でリベラル寄りのイヴァンカ氏や、その夫のクシュナー氏などとの対立から、トランプ大統領はこれまで何度かバノン氏の更迭を考えていた。バノン氏は特にクシュナー氏を「グローバリスト」と呼び批判していたが、身内の肩を持ったトランプ大統領によって左遷された経緯がある。
ホワイトハウス内でクシュナー氏やイヴァンカ氏との軋轢がもっとも表面化したのはトランプ政権によるシリア爆撃である。アメリカ第一主義を掲げるバノン氏は他国を攻撃するために米国が資金と労力を使うことに大いに反対したが、トランプ大統領はシリア攻撃を声高に主張したイヴァンカ氏とクシュナー氏の意見を採用、トマホークミサイルによる攻撃が行われた。
因みにこのシリア爆撃は、トランプ氏とヒラリー・クリントン氏の政治的意見が合致した珍しいケースでもあった。トランプ大統領が身内びいきのためにリベラルに寄った瞬間である。一方で攻撃に反対したバノン氏は、この頃より政権の中枢から姿を消すことになる。
何がバノン氏を辞任させたのか?
シリア爆撃の頃から明らかに左遷させられていたバノン氏だが、既に他を何人も解任しているトランプ大統領がバノン氏を即座には解任しなかったことには理由がある。保守派の象徴であるバノン氏を切り捨てることで、トランプ氏よりもバノン氏の方を支持している保守派の支持者を失うことを恐れたのである。
しかしながら、結局辞任の瞬間は訪れる。契機となったのはバノン氏がThe American Prospectによるインタビュー(原文英語)で、トランプ大統領の見解に反する意見を表明したことである。
バノン氏はこのインタビューで多くのことを語っているが、先ずは北朝鮮問題である。トランプ大統領は北朝鮮の核保有問題を解決するためには軍事的手段も辞さないと主張していたが、バノン氏はそれを否定した。
軍事的解決はない。忘れて良い。1,000万人のソウル市民が最初の30分の間に通常兵器で犠牲にならないと証明されない限りは、軍事的解決は有り得ない。
今から考えれば、この発言をした時には既にバノン氏は辞任を覚悟していたのだろう。最後に他国への軍事攻撃の否定という自分の主張を政権内の人間として通したことになる。こうした主張は、トランプ大統領の公約に含まれていたはずのものだった。
そしてもう一つトランプ大統領の発言と異なる主張をしたのは、白人至上主義についてである。
8月12日、ヴァージニア州のシャーロッツビルで白人至上主義者の集会が開かれ、反対派との衝突があり、その中で白人至上主義の男性が反対派の女性を車で轢き殺す事件が発生した。多くの政治家がこの事件に関連して白人至上主義を批判する中で、トランプ大統領は即座に批判声明を出さず、「双方の中に悪い人間が居た」との見解を出し、メディアの批判を浴びていた。
トランプ大統領は結局人種差別を批判するコメントを出すことになるのだが、バノン氏はこの件についてインタビューで迷いのない意見を表明している。以下の通りである。
民族主義的なナショナリズムは負け犬だ。彼らは政治的潮流の枝葉に過ぎない。大手メディアが大きく取り上げ過ぎているのだと思う。彼らをもっと叩き潰さなければならない。
こういう輩は道化の集まりだ。
一部の大手メディアはトランプ大統領が即座に批判しなかったのはバノン氏のせいではないかとしていたが、全くの誤解である。
結論
バノン氏も覚悟してのことだろうが、当然ながらこのインタビューはトランプ大統領の逆鱗に触れたらしい。そしてバノン氏は辞任させられた。解任にならなかったのは、やはりトランプ氏がバノン氏の支持者の支持を失うことを恐れたからだろう。ホワイトハウスは、バノン氏の「幸運を祈る」などと体の良いコメントを出している。
バノン氏の辞任後、色々なメディアが色々なことを書いている。ロイターによれば、バノン氏は政権内の「穏健派」と対立していたという。因みにその「穏健派」はシリアを爆撃した。
メディアの表現はいつも通り恣意的である。
バノン氏の事実上の更迭によって、トランプ政権のメンバーは既に発足当時のものとはほとんど別のものとなった。大統領選挙においてトランプ氏を支持した有権者の支持をこれからも得られるかどうかはトランプ氏次第だが、少なくともバノン氏の辞任で一定数の支持者がトランプ氏を見限ったことは確かだろう。