ソフトバンクのARM買収は日本がイギリス人に的確に恩を売った稀有な外交例

7月18日、ソフトバンクグループはイギリスのケンブリッジに本社を置く半導体設計企業、ARMホールディングス (LON:ARM; Google Finance)を買収すると発表した。当日のロンドン市場でARM株は41.32%上昇している。

イギリス政府はこの買収に好意的であり、EU離脱を決定した国民投票後に新たに就任したハモンド財務相は「国民投票からわずか3週間で、英国が国際投資家にとって全く魅力を失っていないことを示した」(ロイター)としてソフトバンクによる買収を歓迎した。

今回の記事で主に話したいのは、イギリスがEU離脱を決定した直後というタイミングでイギリス企業の大型買収に踏み切ったことの外交的意味である。

イギリス政府の好意的な反応

外国資本による大型企業買収では珍しいことに、今回の買収はイギリス政府から歓迎されている。ハモンド財務相は今回の投資案件が「EU離脱決定後も英国が投資先として魅力的であることを示す例」であるとしてかなりの歓迎ムードである。

ソフトバンクによる投資を承認したメイ首相も「これはイギリスへの明らかな信任を示す一票」(Independent、原文英語)であるとして、EU離脱でイギリスへの投資が減少する懸念を払拭する今回のディールに胸をなでおろしている様子である。

こうした反応の何が特別であったかと言えば、日本人が行った何かしらの行為が、苦境にある相手国への的確な支援となった例など久しく見ていなかったからである。後述するが、日本の政治家はEU離脱でイギリス人が真剣に議論をしている時に、EU離脱に関連した日本の国益の話ばかりしていた。空気が読めないのである。

イギリス的外交

ある国が助けを必要としているところに的確な支援を与えるという当意即妙な外交は、本来イギリス人の本領である。中国がアジアインフラ投資銀行への参加国を募っていた時のことを思い出してほしい。当初、アメリカが反対姿勢を示していたことでヨーロッパ諸国は参加を躊躇っていたが、イギリスが真っ先に参加に名乗りを上げたことでドイツなど他のヨーロッパ諸国も続いて名乗りを上げた。

イギリスはこのことで中国にかなりの恩を売ったはずである。しかも資金自体はあまり出していないという点で費用対効果の高い恩の売り方であり、イギリスらしい外交のやり方であると言えるだろう。以下の記事で説明した通りである。

イギリスは最初に手を上げて他のヨーロッパ諸国の参加を促し、中国に恩を売ったが、資金自体はあまり出してはいない。

今回の買収の外交的成功

今回のソフトバンクによるイギリス企業の買収は、EU離脱による懸念を払拭したいイギリス政府にとっては渡りに船と言える。ソフトバンクの孫社長にとっても買収を当局に承認してもらいやすい絶好の機会であり、双方にとって良い取引であると思う。

一方で比較してもらいたいのが、EU離脱国民投票に前後して発表された、日本の政治家のあまりに外交センスのない発言の数々である。

ここでは何度も解説してきたが、イギリスにとってEU離脱を決めるということは容易なことではなかった。EUは、経済問題ではドイツ主導の南欧諸国に対する奴隷制度であり、移民問題では完全な混沌となっていることに異論の余地はない。

しかしながら、暴走するEUに対して内側に居た方が良いのか、外側に居た方が良いのかという点ではイギリス人は相当悩んだはずである。

イギリス人が自国とヨーロッパの将来について真剣に考えている時に、日本政府は何を言ったか覚えているだろうか。「日本の国益に関わる、残留が望ましい」(産経)である。しかも安倍首相に至っては、わざわざイギリスまで行った挙句、上記の言葉を繰り返した上で「日本を含め世界中の友人たちは皆さんの決定を注視している」(産経)と来ている。

わざわざわたしが指摘しなければ分からないのかと思うのだが、他人が真剣に悩んでいる時に自分の利益の話をする人間の何が友人であると言うのか? 安倍首相は頭が可笑しいのではないか? 自国の将来を真剣に考えている時に日本の首相がイギリスまでやって来て「こちらの方が日本の国益に叶う」と発言して帰っていった時のイギリス人の心境を真面目に考えてほしい。どう考えても良い印象など残るはずがないのである。

しかも日本政府の身勝手な発言は国民投票の結果が出た後にも終わらなかった。自民党の谷垣氏は「大変残念」(産経)、萩生田官房副長官は「日本の国益にかかわる」「残留することが望ましい」(Newsweek)とし、自分の利益の話しかしていないことを恥じるどころか公言している。日本の選挙や国民投票の結果について、イギリス人が身勝手な理由で「大変残念」などと言ってきたら日本人はどう思うだろう? 本当に彼らはこれが失礼極まりないことが分からないのだろうか? 日本人の外交センスは本当に致命的であり、今後反グローバリズムの勢いが増し、アメリカの影響力が弱まるなかで、日本の外交は第2次世界大戦でドイツと組んだ時以来の大失敗を犯すのではないかと懸念している。

結論

今回のソフトバンクによるARM買収が投資案件としてソフトバンクにとって良かったかどうかは、今回は検証していない。孫正義氏の問題点はロボットや機械学習などのIT技術の未来を完全に誤解していることにあるが、この記事で取り上げたいのはそこではない。

今回のARM買収は、イギリス政府が苦境にある時に的確に手を差し伸べる本当の友好的外交であり、イギリスにとっては投資額以上の価値のあるものである。孫氏にとってもイギリス側の承認と助力を得るにあたって便宜を図ってもらう良いタイミングとなっただろう。双方に利益のあるディールだったのである。

恐らくは、個人的に海外にも交友関係のある孫氏だからこそ可能な外交感覚だったのだと思う。それが自分の利益にならないからという理由で、イギリス国民が考え抜いた末に出した結論に対して「大変残念」などという自分勝手極まりないコメントを出すような日本の政治家には大いに学んでいただきたいものである。