元イギリス金融庁長官: 日銀は財政ファイナンスを続けるべき、ハイパーインフレなど古典的妄想

前回に引き続き日本の財政問題である。これも古い記事だが、ジョージ・ソロス氏や安倍首相なども寄稿しているProject Syndicate(原文英語)で、元イギリス金融庁長官のアデア・ターナー氏が、日銀の量的緩和は財政ファイナンスであり、結果としてGDP比200%を超える日本の政府債務は激減するだろうと述べている。

量的緩和というマネタイゼーション

ターナー氏は記事において、日銀の量的緩和が政府債務のマネタイゼーションであると指摘している。また、ハイパーインフレが起きるという懸念も取り越し苦労であり、金融市場も混乱には陥らないと主張する。記事は以下のような予言から始まる。

数年もすれば、日銀が何兆ドルもの日本国債をマネタイズしたという事実は明らかなものとなるだろう。古典的な懸念は、現在および過去の財政赤字を通貨印刷で賄えば、危険な水準のインフレは不可避であるというものである。しかし実際の結果はインフレと成長率をほんの少し押し上げるだけに過ぎないだろうし、もっとも起こりうる金融市場の反応は、ただの欠伸ということになるだろう。

順に彼の論理を見てゆこう。先ず、ターナー氏は日本の膨大な政府債務について以下のように分析している。

日本の政府債務はいまやGDPの230%以上に及び、年金ファンドなどの政府関連組織の保有分を除いても140%程度となる。この負債の山は1990年から続く巨額の財政赤字の産んだ当然の結果であり、この負債が通常の方法で返済されることは決してない。

通常の方法とは、税収を増やすか、あるいは政府支出を抑えて財政黒字を実現し、そこから債務を返済してゆくという方法であるが、ターナー氏はそれが有り得ないと言う。彼は続けて理由を説明する。

IMFの算出した数値が理由を教えてくれる。日本が2030年までにGDPの80%分の負債を返済しようと思えば、2014年のデータで、国債の利払いを除いてもGDP比6%の財政赤字を、2020年までに5.6%の財政黒字に転換し、それを2030年まで維持しなければならない。

そんなことをすれば日本は恒常的な景気後退とデフレに陥ってしまう。2014年4月に行われた消費増税のような僅かな財政健全化の努力でさえ、景気回復に深刻な悪影響を及ぼしたのだから。

確かにこれは政治的に不可能である。財務省は無理矢理この方向に持って行こうとしているが、財務省が安倍政権に押し付けた消費増税は、既に安倍首相の支持率に深刻な影響を及ぼしている。日本のマスコミはあからさまには言わないが、日本国民も流石に日本経済の惨状に気付きつつあるだろう。

量的緩和が政府債務を減少させる

しかし、財務省のプランは消費増税だけではない。元大蔵官僚である黒田総裁率いる日銀による量的緩和は、財務省が主導した財政ファイナンスである。ターナー氏はこう説明する。

日本国債は現在、返済される代わりに日銀によって買い上げられている。日銀の年間80兆円の国債買い入れは、50兆円の政府による新規国債発行額を上回っている。結果として、日銀保有分を除いた負債額は緩やかに減少している。

この傾向が続けば、2017年には日銀および政府関連組織の保有分を差し引いた国債の残高はGDPの65%まで減少する可能性がある。日銀は政府に保有されているため、日銀が受け取る国債の金利は政府へと返還されることとなる。したがって、それらを除いた数字のみが将来の日本の納税者にとっての真の負債額である。

日銀の財政ファイナンスについてはこれまで何度も取り上げてきたが、恐らくはこれが一番端的で数字に基づいた説明だろう。日銀保有の国債には満期が来るが、満期になれば政府は債務を返済する分、また新たな国債を日銀に握らせれば良いのである。

そしてこうした考え方は、前回の記事で紹介した麻生財務相のものと同じである。そして財務省も勿論それを目的として黒田総裁に量的緩和をやらせているのである。

財政ファイナンスの唯一の問題点

しかしながら、日銀による財政ファイナンスは何の問題もなく日本の財政問題をすべて解決してしまうものではない。ターナー氏もリスクについて言及している。

これらのプロセスにおいては、マネタイゼーションはハイパーインフレを引き起こすという古典的な懸念が金融市場を不安定化させ、国債の金利が上昇し日本円が急落するという小さなリスクはある。しかし、より確率の高い市場の反応は、肩をすくめ、恒久的なマネタイゼーションだけが制御不能な負債を安全に軽減する唯一の方法であることを認めるというものだろう。

財政ファイナンスはハイパーインフレを引き起こすことはないのか? 先ず、インフレを引き起こすとすれば、日銀が通貨を供給しているという事実であり、その印刷した通貨で日銀が何をしているかということではないだろう。ハイパーインフレが起きるとすれば、それは貨幣が印刷されたからであり、国債がマネタイズされたからではない。

そして刷られた貨幣は既に供給されているが、インフレは起きていない。わたしも量的緩和に問題があるとすれば、それはハイパーインフレではなく、別の部分に現れるのではないかと思う。

そして別の問題とは、国債市場に大量の資金が流入することで生じる資産バブルである。流入した資金は社債市場や株式市場にも溢れ出し、経済の長期停滞にもかかわらず資産価格は高騰している。

そして流入した資金は、いずれ流出しなければならない。債券の金利が低いためにより高いリターンを求めて株式を買った投資家は、債券の金利が戻れば債券市場に戻ってゆく。これが米国の利上げがいずれは株式市場のバブル崩壊を引き起こす理由である。これについてはもう一年以上前から指摘している通りである。

長期停滞が産んだ財政赤字

そもそも、日本を含めた先進国で政府債務が増加していることは、先進国経済における長期的な需要減少、すなわちラリー・サマーズ氏の言う長期停滞が原因である。

サマーズ氏も拡張的な金融財政政策を支持しており、ターナー氏もその潮流に含まれると言って良いだろう。一方で、債券投資家のビル・グロス氏のように、長期停滞を認識しながらも資産バブルの危険性を強調し、デフレを受け入れるべきだとする論者もいる。

投資家は政治家でも中央銀行家でもないから、このような世界経済の窮状に対して対策を考えるのはわれわれの仕事ではない。しかし経済が長期停滞か、資産バブルの崩壊かという袋小路にいると分かっていれば、来たるべき経済危機を避けることは出来る。ここではそうした投資戦略を引き続き提示してゆきたいと思っている。