イギリスがEUを離脱したがる理由: イギリスの要求は何か? 国民投票はどうなるか?

テレグラフ紙(原文英語)によれば、英国のキャメロン首相はEU離脱を問う国民投票において、EU側の歩み寄りがない場合、EU離脱を自ら国民に呼びかける可能性を示唆した。

キャメロン首相率いる保守党は2017年末までにEU離脱を問う国民投票を行うことを公約にしており、情勢次第では国民投票を2016年内に早めることも示唆している。今回の首相の発言は、移民やテロなどの問題で混乱するヨーロッパ大陸を見、EUから距離を置こうとするイギリス国民の民意を反映してのものと思われる。

そこで、今回の記事ではイギリスがそもそも何故EUを離脱しようとしているのか、今後の展開はどうなってゆくのかを考えてみたい。

EUにおけるイギリスの立ち位置

そもそもの話であるが、EUの中でもイギリスは初めからヨーロッパ大陸の諸国からは一歩退いた立ち位置にあった。イギリスはEU加盟国でありながらユーロ圏に加わらず、独自通貨であるポンドを維持している。また、ヨーロッパ内の国境を廃止し、行き来を自由化するシェンゲン協定にも加盟していない。

結果として、ヨーロッパ大陸からイギリスに入国する際は入国審査が必要となり、またユーロ圏の国々に波及した欧州債務危機の影響を受けずに済んだ。しかしそもそも何故こういう立ち位置になったのか?

このイギリスの特殊な立ち位置は、イギリスが国家としての独立を重視しながらもEUの意義を認めた結果の折衷案のようなものである。

戦争なきヨーロッパのためのEU

日本ではあまり認識されていないが、EUとはそもそも、欧州内の争いが発端となって起こった世界大戦を再現させないために、ヨーロッパを統一して戦争の火種を無くしてしまおうとした政治的な取り組みである。そもそもそのような仕組みがなければ戦争を再び始めかねないヨーロッパの非文化性であるが、それはとりあえず脇においておこう。

第二次世界大戦でドイツに手を焼いたイギリスは、このEUという試みが必要であると感じた。フランス人やドイツ人と同じ国の国民となることなど考えもしていないイギリス人だが、この時は危険分子であるドイツをEUのなかに抑えこもうとすることが優先課題となった。

一方で、国境の撤廃や共通通貨の導入など、国家の根本となる部分で統合されることは避け、主権を売り渡すことを拒絶した。こうして「EUに参加しながらも他の加盟国とやや距離を置いたイギリス」が出来上がったわけである。

意外にもEUを気に入ったドイツ

しかし、イギリスにとって想定外であったのは、ドイツのための枷であったEUという取り組みを、ドイツ人自身が意外にも非常に気に入ったことに端を発する。ドイツの独自通貨マルクよりも安くなったユーロはドイツの輸出業を支え、また統一ヨーロッパのリーダーとしての地位はドイツ人の自尊心を満足させた。この辺りのことは以前に書いた通りである。

ナチス・ドイツの時代が過去のものとなり、普通の経済大国としての地位を手に入れつつあるドイツは、EU設立を主導したフランスと組んでヨーロッパ統合を推し進めようとした。こうして元々はウィンストン・チャーチルが構想したものである統一ヨーロッパは、徐々にイギリスの手から離れていったのである。

イギリスの不満

では、今のイギリスはEUの具体的に何が気に入らないのだろうか? イギリスのキャメロン首相がEU大統領に送った手紙によれば、イギリスがEUに求めるものは以下の4つである。

  • EUの統合深化からのイギリスの除外
  • EU内のユーロ非加盟国の権利の保証
  • EU法制に対する拒否権の加盟国議会への付与
  • EU圏内からの移民への優遇規定の4年間停止

詳細をここで説明することは省略するが、要約すれば、法規制、通貨、移民政策などに関して、イギリス独自の政策を適用する自由を認めさせるもので、他のEU加盟国が統合されたがることは構わないが、その場合にはイギリスに拒否権を与えよということである。

この手紙から透けて見えるイギリスの意図は明白であり、フランス人やドイツ人らと同じ国の国民になることなど考えられないが、EUの意義は認めており、イギリスはその内部で一定のプレゼンスを保ちたいということである。問題は、ドイツやフランスがこれをどう受け取るかである。

移民問題で揺れる欧州

イギリスにとっての追い風は、テロリストによるパリ襲撃でフランスが反移民に傾きつつあることである。

本当はあのような事件が起きる前にヨーロッパ人は杜撰な移民政策の危険性に気付くべきであったのだが、日本人にとっては当然と思えることが外国人には理解に時間を要するということがある。

一方で、ヨーロッパ統合に一番熱心であったドイツにおいても、移民流入に反対する声が上がり始めている。こうした移民反対とはEU外からの移民のことであって、イギリスが主張するのはEU内からの移民反対と、少しずれてはいるのだが、昨今の情勢のために、この点についてはイギリスが譲歩を得られる可能性が高くなった。

しかし根本的な問題としては、完全な欧州統合を目指す政治家のグループが、例外としてのやや距離を置いたイギリスという存在を是認するかどうかである。フランスはイギリスなしでドイツとEUのなかに居ることに不安を覚えるかもしれないが、ドイツにはイギリスなしでも良いと言う政治家がいるかもしれない。ヨーロッパ統一に関するドイツ人の本音については以下の記事を参考にしてほしい。

国民投票はどうなるか?

中東に関する情勢が悪化しているとはいえ、現在の各国の議会ではEU賛成派が大半を占めており、EU懐疑派が力を得るためには、それぞれの加盟国が選挙を経て新たな民意を議会に反映させる必要がある。そのためには時間がかかり、イギリスが国民投票を行う期限としている2017年末までにそれが何処まで進むかどうかが鍵となる可能性がある。

更に2017年末までにはIS(イスラム国)に関する情勢が好転もしくは悪化している可能性があり、このこともイギリスのEU離脱に影響するだろう。したがって、現状では交渉の結果を予想するための情報がまだないが、短期間のうちにEU側との話が纏まるということは恐らく難しく、時間のかかる交渉となるだろう。

イギリスがEUを離脱すれば、戦後進められてきたヨーロッパ統合の初めての大きな亀裂となり、戦争回避というEUの目的を考えれば、その亀裂は最終的には世界平和に対する亀裂にもなる可能性がある。

戦時中から即位しているエリザベス女王は、「EUの分裂は危険で、警戒しなければならない」と異例の政治的発言をしたが、こういう文脈で見ればその意図が理解できるのではないか。イギリスのEU離脱はイギリスだけの問題ではなく、長期的には世界中の政治や経済に影響する大きな問題なのである。


2016年6月1日追記:

イギリスが懸念する移民問題は結局最悪の形で悪化した。大晦日の集団性的暴行も、ベルギーの空港テロもそうである。

そして何より、移民問題はもはやヨーロッパだけの問題とは言えなくなっている。ヨーロッパで明らかに失敗に終わった移民政策を自民党が日本で推進しているからである。大手メディアではほとんど報道されていないが、日本人は少なくともその現実を知っておくべきだろう。


6月27日追記:

国民投票の結果を受けての最新記事は以下。