アメリカの物価高騰で中央銀行は利上げと量的引き締めに動いており、株式市場が荒れており、一方で金属や農作物などのコモディティはむしろ好調だということを報じてきた。
ここでは債券市場についても書いている。しかし長らく語っていないもう1つの市場がある。為替市場である。
株安でもドル高
アメリカでは物価が高騰している。日本の3倍以上の規模で行われた現金給付と、原油や天然ガスへの資金供給を強制的に停止する脱炭素政策のためである。
結果、Fed(連邦準備制度)のパウエル議長がインフレ退治のために利上げと量的引き締めに動くことを余儀なくされている。
これはこれまで低金利で上がってきた株式市場には大きな逆風であり、米国の主要株価指数であるS&P 500は辛うじて踏み止まっているものの、米国の小型株指数Russell 2000や日本株などは先に下落を始めている。ここではRussell 2000のチャートを挙げておこう。
この動きは2018年の世界同時株安の時と同じ下落順序で、今回もそうなるだろうということを事前に書いておいた。
しかし株価が下落する中でドル円が下落していないということに気付いた読者も居るのではないか? ドル円は以下のように推移している。
ドルは下落しないのか
株安にもかかわらずドルが下落しないかむしろ上がっている短期的な理由は米国の金融引き締めである。ドルの金利が上がればドルを保有したい人が増えるので、アメリカが金融引き締めをする限りドルには上昇圧力になるのである。
だが考えてほしいのだが、アメリカが利上げをしなければならない理由はアメリカ自身のインフレである。そしてインフレとはものの値段がドル建てで上がることであり、逆に言えばドルの価値がものに対して下がることである。
アメリカは現在年間7.5%のインフレとなっている。逆に言えばその分ドル紙幣の価値が下がったということである。そして円はと言えば、以下の記事で書いた理由により欧米よりもインフレは緩やかである。つまり、円の減価はドルの減価より少ない。
仮に、インフレでも金融引き締めをする限りはドルが上がり続けると仮定すると、国内でどれだけドルが紙切れになっても為替相場だけはドル安にならないという奇妙な結論に行き着く。
これは起こり得ない。アメリカ人は最終的には国内で紙切れになったドルを他の通貨に両替しようとし、それが為替相場でドルの売り圧力になるからである。
だから奇妙なことだが、インフレは利上げを通して短期的にはドルの上昇要因になり、しかし長期的には間違いなく下落要因になる。この短期トレンドと長期トレンドのねじれが今の状況を生んでいる。そしてこのトレンドは必ず反転する。
ドル下落のタイミングはいつか
株安が始まっているがドルが下落しない。この状況は、以前からの読者であれば覚えがあるはずである。前回の金融引き締めで株価が暴落した2018年の世界同時株安である。
当時の米国株のチャートをまず掲載しよう。
下落が開始したのは10月である。そしてドル円はどうなっているか?
ドル円の下落は株価の下落より遅れているのである。
何故か? 当時の記事を思い出してもらいたい。ドル円の下落開始は12月20日(米国時間)である。そして12月20日(日本時間)の記事に筆者は次のように書いている。
株の空売りは十分に成功しており、筆者は次のシナリオに注目している。
株価の暴落を止める手段がアメリカの金融引き締めの停止および金融緩和だけであるとすれば、ドルが下落するのは必然であると言える。
つまり、ドルの下落するタイミングは、金融引き締めによる市場経済へのダメージが大きくなり、中央銀行に引き締めの手を緩めさせるところまで達したタイミングだったということである。
結論
2018年の状況については説明した。一方で、今の状況はもう少し複雑である。
まず金融引き締めによる株価暴落は既定路線だが、今回は物価が高騰しているため、株価が暴落してもインフレが止まらなければ中央銀行は引き締めを止められない。これはドル安のタイミングを遅れさせる可能性がある。
一方でインフレ自体は2018年にはなかったドル安要因である。しかしどちらにしても、ドル下落のタイミングは株価暴落が本格化してから中央銀行が引き締めを撤回せざるを得なくなるまでの何処かで起こることになるだろう。
そしてドルの売り方にとっての朗報は、それまでドルが上がることがあっても、2018年にそうであったように上値は限られているということである。
いずれにしても株価もドルも暴落する。一番ダメージを食らうのは、為替ヘッジなしで米国株を買っている日本の投資家である。株安とドル安を両方食らってしまう。筆者は米国株の下落幅を1970年代のインフレ期と同じ60%にもなりうると考えているから、それにドル安まで加われば米国株は本当に紙切れになる。
何も知らずに投資信託を買ってしまった多くの人のことを考えると本当に悲しくなる。NISAも投資信託も、政治家と銀行にとって市場への資金流入が利益になるというだけの理由で多くの人に奨められたものである。銀行や金融庁などで働いている何も知らない素人の言うことを聞いてはいけないのである。