量的緩和の為替市場や株式市場に対する効果はこれまで散々議論してきたが、その背景にある政治的意図について詳しく書いたことはなかったと思うので、一度記事にしておきたい。2回目の追加緩和があるかどうかということは、インフレ率やGDP成長率の問題ではなく、政治的問題だからである。
先ず、2013年4月に導入された日銀の量的緩和政策はどのような政治的経緯で決定されたものであったか? これは2012年後半に首相となった安倍氏が緩和的な金融政策を望み、その意向を汲んだ人物として黒田氏を日銀総裁に就任させた。
この時、総裁候補として他に有力であった人物に武藤敏郎氏がいたが、黒田氏と武藤氏に共通する経歴がある。大蔵省出身であるということである。
財務省の天下り先としての日銀総裁
そもそも日銀総裁とは財務省の天下り先として有名であり、年収も3,000万円を超えるため財務省としては最高の天下り先である。また、金融政策は日本の財政に大きな影響を及ぼすため、財政を管理する財務省にとって重要なポストである。
日本の政府債務がGDP比200%を超える今、財務省はこの先行きを非常に憂慮しており、したがって今回の人事は何としても財務省出身者を送り込みたかったようである。
財務省が目指す日銀の金融政策
では財務省はどういう金融政策を望んでいるのか? 200%の政府債務とは戦時でもなければ先進国では例がないものであるが、この債務は通常の方法では返済されない。この債務の行く先は次の選択肢のどれかか、あるいはその組み合わせとなる。
- 増税
- デフォルトまたは債務再編
- 高インフレによる実質債務の削減
- 財政ファイナンス
増税は財産税を除けば手段は限られる。したがって財産税が政治的に可能な状態であるのでなければ、自国で通貨を発行できる先進国の取る手段は、高インフレと財政ファイナンスである。量的緩和とは財政ファイナンスであり、以下の記事にも書いたように、日銀の保有している国債の利払いは最終的に政府へと返ってゆく。政府は利息を払う必要がないのである。
財務省では200%の債務について当然に議論がされており、結論が限られることも彼らには分かっている。黒田氏はこういう文脈で財務省から送り出されたのであり、その結果としての量的緩和である。
安倍首相と財務省の利害の一致
幸いながら、量的緩和を行いたい財務省の利害は、安倍首相と一致することになる。量的緩和による株高で支持率を挙げることができれば、安倍首相の悲願である安保関連法案を通すことができる。安倍首相はこの法案を支持率を下げてでも通したが、それは当然であり、安保関連法案の手段でしかない支持率のために、目的である法案を諦めるはずがないのである。
さて、かくして黒田総裁は選ばれ、量的緩和は行われた。この文脈で考えたとき、追加緩和は行われるだろうか?
財務省は追加緩和を支持しない
そもそも財務省は現状に満足している。国債はほとんど最大限に買い入れられ、以下の記事にも書いたが買い入れ額を引き上げる余地がほとんど残っていない。
2014年の追加緩和について言えば、これは10%への消費増税を安倍首相に納得させるための交換条件として、財務省が黒田総裁を通じて切ったカードであった。こうした政治的交渉は、将来もう一度行われるだろうか? しかし消費増税はもう決まっているのである。
しかも、今後更なる追加緩和があるとすれば、それは国債ではなく株式ETFとREITのほうである。財務省がリスクあるこれらの証券を日銀に買わせたくないのは言うまでもないだろう。損が出れば引き受けるのは政府以外に有り得ない。
日銀総裁選出における財務省の本命はそもそも黒田氏ではなく武藤氏だったのだが、あらゆる証券の買い入れを正当化する黒田氏が選ばれたのは、安倍首相との利害の調整があったからである。
しかしその安倍首相も安保関連法案を成立させ、以前ほどには支持率に拘らなくなっている。首相としては勿論景気後退は避けたいだろうが、安倍首相も2017年の消費再増税後に追加緩和が一番必要になることは分かっているだろう。
また、米国の利上げがあるまで日銀が追加緩和に動けないということも以下の記事に書いた通りである。
消費増税で日本経済は完全に失速しているが、このことで財務省と安倍首相が揉めている。このことは麻生財務相との軋轢となって表面化しているようであり、麻生財務相の発言内容がいつにも増して荒れている。彼の発言には財務省の意図が透けて見えるので、そのことについても機会があれば書いてみたいと思う。